2011年1月アーカイブ

カルマ返しは、「神様に貸し1」と言うことです

誰が言ったのだろうか?
カルマに良い悪いがあると・・・

仕事柄、この言葉を聞く度に訂正をしている。
どちらかと言うと、スピリチュアル系のカウンセリングをしているので、
この言葉をよく聞きます。

間違いがないように訂正をしておきますが、私は前世の話はしません。
霊も見えません。天使とも話はしません。
何ができるんだって…?、それは内緒。
ただ、私がしているバッチフラワーのカウンセリングはスピリチュアル哲学
に基づいているため、話している内容は江原さんと似たようなことは言うかも?

彼の哲学も、イギリスから来ている部分はあるので、そこの原則は似ている。
ただ、それだけです。


で……、本題。
カルマには良いも、悪いもありません。
カルマとは自分の行動は廻り回って、返って来ることを指しています。
悪いことをすれば、悪いことが返ってくるのは確かです。

が…
良いことをしたら、良いことが返って来ます。

それなのに「悪いことをしたから、懺悔のために同じことを受ける」なんて言う
人を見かけます。
そんなこと、無いんですけど…ε=(・д・`*)。

人は思考の生き物です。
懺悔の想いで物を見れば、あなたの見る世界は殉教者の視線で物が見えます。
もし、あなたが殉教者になりたいなら、その視線で良いと思います。

「でも・・・、悪いことしちゃったんだよ(_ _|||) 」って、ほとんどのクライアントさんが言います。
悪いことの内容にもよりますけど…、大体のケースは反省している段階で自分に起こった
カルマに対して、理解していることになります。
同じことを繰り返さなければ、OKです。

しかし、犯したカルマは返さなければいけない。
これもまた、法則です。

そのときにクライアントさんに言うことは
「神様に貸し1と思って下さい。いつか、神様にした貸しと同じカルマを犯す人と出会います。
そのときに、その人を守る、救う、導く役目に当たるはずです。
同じ罪を犯したあなたには、その人を救うことが出来る。世の中から同じ罪を消しましょう。
それが善行のカルマ返しです。だから、恐れないで下さいね(^―^)」

これが私の知る、真の意味でのカルマ返しだと思います。
生きること自体が間違いと、訂正の繰り返し。
それをするために生きています。

むしろ、間違えて当たり前。大切なのは間違えることを許すこと。