人生は大きな舞台

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幸せな前世を見ることがあります。
そんなときに、いつも、思うことがあります
「記憶は、そんなに大切なんでしょうか?」
記憶がなくても、立場が変わっても、どんな環境でも、何度であっても愛せる心がある。

それが真の愛ってものなのかな?と・・・…。

本当に深く愛することが出来れば、相手に共有した記憶を求めることはないでしょう。
各代での記憶なんて、想いに左右されるものじゃないでしょう。
それを人はソウルメイト とか ソウルパートナーって、言うみたいですね。

人によっては、それが同年代の異性と限定している場合がある。

それ……、誤解だよ。
ソウルパートナーがね……、親としているときもあるんだよ。
親友かもしれないし、人生で数回しか出会っていないけど、人生の大切なポイントにいることもある。
異性であると思い込んでいると、伴侶となる人を手放してしまうこともある。
言葉と概念に惑わされて、人を愛することに臆病になることもある。
ソウルメイト、ソウルパートナーなんて、魂のお友達って意味だと思う。

現世でも仲が良くても、いつも一緒にいられないでしょ。
転生でも同じことは起きるよ。
パートナーとすれ違う人生もあるだろうね。
でも、仲の良い友達がいないと、幸せではないってこともないだろう。
新しい環境では新しい友達もでき、知り合いも増えるから良いことでしょう。
そして、ソウルメイトは限りなく増えて行く。
長く生きている人は、お友達も多いでしょう。

何度も転生している魂なら、ソウルメイトやソウルパートナーは一杯いるさ。
そんな関係の人を一人と限定するのも、どうかな?って。
色んな人生を旅して、多くの人を愛する。
人が思う以上にソウルメイトやソウルパートナーは一杯います。
その方が人生、多くの愛に満ちているって思いません?

一回の人生では伴侶は、一人が望ましい。
だって、別の人を愛すると浮気になるからね。
でも、別の人生なら浮気にならない。

同じ人生を共にする人なら、色々いた方が良いんとちゃうか?
これは浮気にならないし……、経験は多い方が良いじゃん?
「神様も粋なことするね」って、転生の度に記憶を失うシステムを良いと思います。
覚えていると、おちおち別の人との人生を生きられない。
親に恋したりして、道ならぬ恋を行きそうになることもある。

人生は大きな演劇の舞台って、感じですかね?
幕が変われば、役目も変わる。
同じ役目は、何度も来ません。

たまに思います。
違う性別で生きたいって。
現世でも思うんだから、違う人生なら尚更のこと。

言葉や概念に惑わされずに今、身近にいる人を愛することが大切。
今、愛する人は来世の中では、ソウルメイトと呼ばれる関係と言っているかも知れません。

確実に言えることは今、良くも悪くも自分と関係がある人はソウルメイトです。
だって、腐れ縁ってやつもあるでしょ。
探さなくても近くにいます。
近くにいるのに、なぜ、探すんだろう?

私のもっぱらの疑問です。

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