2011年8月アーカイブ

「自分に思いやりが足りない人ほど 相手に思いやりを求める 
 自分の言葉が 相手を傷つけていないか まず 反省してみること」
            by オーラの言葉(江原 啓之さん?)


「人と接するときは少しの思いやりと、想像力が大切」と、近しい人が始終、言っている。
耳に出来たタコで晩の一品が出来るくらい、聞きタコが出来ている。

仕事柄、人の話を聞くことが本当に多い。
コンサルテーション中に私のしていることは、クライアントさんの立場と、周りを囲む周囲の人の感覚のズレを考えている。

物事を見るときに感情的に見ると、等身大の現実が見えない、と言う現象が起きる。
難しく言うなら、「事実の正確な識別が出来ず、物事が明晰に見えない」てな状態である。
感情が上乗せされて見た現実を、感情を抜きの事実で見たとき、大体の人は周囲の環境に「ごめんなさい」と言っている。
今まで理解できなかったが故に、相手にした行動に対してだ。

思いやりとは、想像力が作る副産物のような物だね、と思う。
感情は心の生理反応のようなもの。
感情と心は、別のところにある。
それは生理反応(感情)と理性(心)は別物である、と似たような意味かな?

想像力が少ない程、相手の立場や状況が理解できず、相手を責めたり・思いやりを求める傾向にある。
他人の行動・態度は想像力のパワーを知る、良いバロメーターみたいなもの。

と・・・理論的に分かっていても、人によっては一方的に自分のことを言う人もいるのは事実。

そのときは相手のために、時と場所を見計らって、怒りを伝えることも大切です。
相手を不愉快な思いをさせて、苦い経験を踏まないと自分のしている行動を理解できない人もいます。
自分の領域を守るためにも、感情のままに行動を起こすことも大切ですね。

それはそれで、相手に自分の行動を省みさせる、良い機会と学びを与えるために必要なことです。

最近、寺に行くことが多いですが、そこで気になることがあります。

 

その前に・・・

当方は、宗教とは関係の無い身分です。

と、断っておきたいと思います。 

 

そんな信心の無い私でも、寺に行くときは線香、ロウソク、数珠、ライター、抹香なんかは携帯しています。

パワースポットとしてお参りをされる場合は、ご挨拶も兼ねて向かうため、これらの持参は普通だと思っていました。

・・・が、どうも違うようですね。

寺によっては、忘れた人のために線香や、ロウソクは売っています。

 

先日、清水寺の音羽の滝の光景でビックリしました。

ここの水は飲むと、ご利益があるということで、多くの観光客の方が並んでいました。

滝の裏、柄杓の置き場の横に観音様がいらっしゃいます。

多くの人が並んでいるにもかかわらず、誰一人として線香も、ロウソクも上げていませんでした。

数人は手を合わせてから、水を飲んでいらっしゃいましたが、人によっては水を飲むことに必死で観音様をスルーされる人が多かったです。

 

暑い夏に並び、早く、ご利益のある水を飲みたい気持ちは分かります。

料金も払っているので、そこから供養もされているのでしょう。

 

ですが、ご利益は観音様からの気持ちから生まれる物。

周りを見ずに、水を得るだけになっている人の心に、ちょっと心が涼しくなりました。

 

場所によるのでしょうが、とある寺のご住職とも話をしたのですが・・・

・門で一礼をして入る 

・水屋が有る場合は、手を清める

・鐘がつける場所では、鐘を突く

・手に数珠を持つ

・納経される場合は、納経所に収め、本堂に向かう

・香炉があり、献灯台がある場合は、ロウソクと線香を上げる

 *持参しても構わないとのことです

 *防災の関係上、献灯、献香を断っている場合は、賽銭に+αする

・本堂に向かい、賽銭をする

・本尊前に鐘などの鳴り物がある場合は、鐘をつく

・合掌をし、読経をされる場合は、読経をする

 

ざっと、こんな感じらしいです。

強要はしませんし、こうでなければならないと言うルールはありませんが、線香はしておいた方が良いかと思います。

 

  

2008年6月28日放送のオーラの泉に、「ラーメン・ツケ麺・僕イケメン」でおなじみの狩野英孝さんがゲストで出ていました。


実家は約1500年続いていると言われる宮城県の桜田山神社です。

英孝さんが継いだ場合は39代目の神主さんという、由緒正しき家柄なのがびっくりしました。

子供の頃から、長男の英孝さんが後を継ぐ様に育てられた分、神主を継ぐことを反発して芸人になりました。


オーラの泉の中で江原啓之さん、美輪明宏さんに説得され、神主の資格取得を決意していました。

少し回り道だとしても、芸人になることが必要な経験だったから、芸人になった。と。

確かに、芸人になったおかげで、顔も多くの人に知られ知名度は上がったでしょう。


2008年6月14日の岩手・宮城内陸地震で、実家の神社鳥居が崩壊するなどの損害を受けたよう事を話していました。

由緒ある神社であるにもかかわらず、市が援助をしてくれない事は嘆いていました。

匿名の義捐金が寄せられたり、お賽銭が増加したりしているらしいです。


テレビで地震で神社が被害を受けたことが放送された影響でしょうね。
高校二年の息子を持っている女性の相談

中学から家でバットを振り回すようになったとのこと。
反抗期は小学校五年生から始まっている。
成績はトップクラスだった彼は、それを鼻に掛けるような性格である。
そのプライドの高さは中学のときの、テニス部での挫折も受け入れることが出来なかった。
「勉強さえ出来ていれば、いいじゃん。なぜ、部活をしなくてはいけないの」と、体力面での挫折をすり替えす事を言ったらしい。
部活だけでもしてほしいと思う母は、先生に事情を説明して、部に止まるように説得をした。
しかし、その一件以来、彼は引きこもり無気力な子になってしまった。
高校受験を控えたときにも無気力さと、プライドの高さが災いし、勉強する努力をしなかった結果、志望校も落ちてしまった。
辛うじて、志望校よりもランクの低い高校には入学できたが、そこで成績の良さを鼻に掛けることが、いじめの標的になってしまった。
いじめがエスカレートする中で、家庭内暴力は始まった。
彼が暴れるせいで家庭は崩壊寸前まで来ている。

そんな相談でした。

今回は江原さんよりも、パネラーの言葉が多かったです。

子供というのは五歳までに愛情を掛けて、善悪をしっかりと教えると、大きな反抗期はなくなるものです。
世間体を気にしてお母さんは育てられていますよね。
父母が真っ直ぐに生きていれば、それが手本となり、子供も真っ直ぐになる。

家庭内暴力を起こさない方法として、そんなことを言われていた。

私もパネラーの意見に同感です。
見ていて、息子さんの心の荒み具合が見え、他人のこちらが痛く感じます。

彼は必死になって、何かを訴えて果てたんでしょうね。
そして、傷つきたくないから、殻に閉じこもったんでしょうね。
引きこもるなんて、繊細で優しい人がすることでしょうし。
引きこもったが良いが、親は彼の本心を知ることは出来なかった。

残された悲しみや、屈辱感、怒りが溜まって、暴れなければ生きていけない状態まで溜め込んでしまったように見えます。


で・・・、江原さんの鑑定はと言うと

「夫は子供に無関心です。夫婦仲も貴方は円満だと思っていますが、体裁があるだけのものですよ。あなた自身が諦め上手になっている。
自ら望んで監獄に入っています。
旦那さんも子育てをしていないのに、怒るところだけしてもダメでしょう。
この子は女の子のような繊細な子です。
反抗するのは親に、自分の気持ちを知って貰いたくて暴れている。
「慰めて欲しい、諫めて欲しい」と思う彼の思いと、反対の反応をした。
部活で先生に相談したのも、先生に相談する前に自分に相談して欲しかったんです」
(by 江原 啓之)


反抗する事に対しては、こんな言葉を返ってきました。

「子供は親に対して「諦める」か「親を変える」の選択肢を選ばなければいけない時がくる」

反抗されているお子さんを持っている人には、反抗されるのは辛いでしょう。
でも、反抗している内は親に、何かを伝えようとする気持ちがあるんです。
それも行きすぎると、上のように親を諦めるってことをします。
心があるだけ、幸せです。

親の子への愛情は無限であるが、子の親への愛は有限です。

傷ついても側にいたいと、思わなくなったら最後、関係の修復は大変です。
子供を殴りたいだけ殴り、心を虐げた私の親は、子供である私に半分だけ捨てられてます。
親が年老いていき、殴る体力もなくなったときに、機会があれば話をして見ようかなと思っています。
私のこれからの時間は親として、見ているのに一番、楽しいときです。
(例えば孫とあったりするなんてね)
そんな時間を失うのは、親として生きてきた甲斐もなく、人生を全うするのでしょうね。自業自得だけど。
他人である私を大切にしてくれている、伴侶の両親を守るためにはしょうがないかと思い、無期限の縁切りをしました。

「血の繋がりを越えて、心から大切にしてくれる、義理の両親の方が傷つけたくない」って気持ちが私を動かすんですよね。
ここで愛情を貰い、育てられていれば、実の親をひいきしただろうに・・・。
よくそう思いますね。

殴ってくれる拳を捕まえて欲しいものです。
彼が背を向ける前に・・・